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トーヴェ・ヤンソンとムーミン物語 - フィンランド大使館・東京 : 最新ニュース

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最近の出来事・お知らせ, 2014/04/08

トーヴェ・ヤンソンとムーミン物語

By Pekka Tarkka and Peter Marten, updated March 2014

© Moomin Characters Ltd
Life/People - Tove Jansson
ムーミン物語の主要キャラクター:左から。スノークのお嬢さん、ムーミントロール、ムーミンパパ(黒帽子をかぶってハンモックに寝そべっている)、ムーミンママ、ちびのミイ、スナフキン

誕生してから70年たったムーミン物語は、人気作品という領域を超えて、不朽の名作となった。

「ムーミントロールやその仲間がドナルドダックやフランスの人気コミックのキャラクター、アステリックスに並ぶキャラクターになることを目指しています。」 1995年、ムーミンキャラクター社の社長はそう語った。1990年代はじめ、日本のアニメ「楽しいムーミン一家」が制作されると、世界の多くの国で、フィンランド生まれのトロールの人気が上昇した。

ムーミン・キャラクター社はその後、マーケティングの強化に着手。日本では、ムーミンのイラストがついた弁当箱や箸などを売り出した。日本人はムーミンの大ファンだ。初めてムーミンがTVアニメとして日本の視聴者に紹介されたのは1972年のこと。今までに販売されたムーミン本は100万部を数える。

不朽の人気キャラクターに
トーヴェ・ヤンソンの姪であり、ムーミン・キャラクター社のクリエーティブディレクター兼会長を務めるソフィア・ヤンソンは、ムーミンの人気を説明するのに、「ブーム」というよりは、不朽の人気を獲得したと捉えている。「既に3世代がムーミンに親しみながら育ちました」とヤンソン。「その時点で何かが起こるのです- ムーミンキャラクターの人気が永久不滅になったのです。」

1954年、ロンドンのEvening News 紙がトーヴェ・ヤンソンによるムーミンコミックスの連載を始めると、ムーミントロールは一躍、世界の人気者となった。連載はその後トーヴェの弟のラルスに引き継がれたが、通信社によって40カ国に配信されたことで人気は不動のものとなり多くの読者を獲得したのだ。今日、フィンランドの南西部の小島につくられたムーミンワールドには、毎年、何千人もの子どもが訪れている。

すべての発端は、トーヴェがスウェーデン語(フィンランドの公用語のひとつ)で描いた挿絵つきムーミン物語だ。全13巻の物語は、1945年~1977年に出版され、43もの言語に翻訳された。ムーミンキャラクターは、物語で紹介されているものが最もオリジナルに近い。ムーミントロールと仲間は、さまざまな天災に見舞われたり、冒険の旅にでたりするが、最後には必ず牧歌的なムーミン谷の家に無事に帰ってくる。トーヴェはムーミン谷の住民を、傷つきやすく、思いやりがあり、寛容で、ときに茶目っ気があるキャラクターとして描いた。

物語が展開するにつれ、ムーミン谷のトロールは更に大きな天地異変に直面するが、不確実性に順応し、人間関係の難しさや孤独、自由について思索する。

Photo: Reino Loppinen/Lehtikuva
Jansson3
芸術家の家に生まれた芸術家。1956年自宅で絵筆を持つトーヴェ・ヤンソン。

ムーミンの誕生

自由奔放な芸術家の両親、ヘルシンキのアトリエ、そして一家が夏を過ごしたフィンランド湾の小島は、ムーミン本の背景となっている。トーヴェは1930年代、反ヒトラー的な風刺漫画を描いていたが、そこに初めてムーミントロールを自分自身を反映する像として登場させた。ムーミントロールの原型は、実はそれ以前に生まれていた。トーヴェが夏を過ごした小さな別荘の外トイレの壁に落書きが残っている。

Photo: P.O. Jansson/Moomin Chars.Click to enlarge the picture
「夏の化身」のトーヴェ。弟ペール=ウーロフが撮影

このことについてヤンソンは、1984年のNy Tid紙(フィンランドで発行されるスウェーデン語の新聞)によるインタビュー等で時おり語っており、同紙は2008年、インタビューの英訳と連載漫画Moomintroll and the End of the Worldのオリジナルを同時に再出版した。

トーヴェと弟のペール=ウーロフは、外トイレの壁にさまざまな考えを書いていた。「哲学的になろうとしていたのです」とトーヴェは回顧している。ペル=ウーロフはある日、ある哲学者(カントだったのか、ショーペンハウアーだったのか、他の哲学者だったのかは、回顧されるごとに異なった)を引用し、トーヴェはそれに反論しようとした。「でも、議論するのがとても難しかったので、その代わりに、できるかぎり醜い生き物を描いたのです。」 ムーミントロールが誕生した瞬間だ。

ムーミントロールにはやがて他のキャラクターが加わった。「ムーミンママ」と「ムーミンパパ」。哲学的で音楽を愛するさすらい者の「スナフキン」。滑稽なほどにわがまま、なのに臆病者の「スニフ」。チャーミングな「スノークのお嬢さん」、いたずらが大好きな「ちびのミイ」、歩いた跡は凍りついてしまうほど恐ろしい「モラン」。

ほかにも不思議な名前のキャラクターが登場する。「ヘムレンさん」、「フィリフヨンカ」、「ニョロニョロ」、「おしゃまさん」、「ミーサ」、「ホムサ」、「ヨクサル」、「ロッドユール」、「じゃこうねずみ」、「ミムラ」、そして謎に包まれた「流し台の下の住民」など。(詳細はムーミン本をご覧ください。)

「別に哲学的に思索したり、人にお説教めいたことを言うつもりで書いた訳ではなく、主に自分自身を楽しませるつもりでムーミン物語を書いていました。」
トーヴェ・ヤンソンは、卓越した画家としても、文筆家としても知られていた。

トーヴェ・ヤンソン
作家、画家、挿絵画家

・1914年8月9日、ヘルシンキ生まれ。2001年6月27日、ヘルシンキに没す。

・ストックホルム(1930 - 1933)、ヘルシンキ  (1934 – 1936)、パリ  (1938)で絵画を学ぶ。
・フィンランドの地方自治体から委託された作品には、ヘルシンキ市のフレスコ画(1947)、コトゥカ職業学校の壁画(1951)、テウヴァ教会の祭壇画(1954)、ポリ市の幼稚園の壁画(1984)等がある。
・ムーミン本は1945年に初めて出版。43もの言語に翻訳されている。
・優れた芸術家や作家を授与されるプロ・フィンランディア賞(1976)、国際アンデルセン賞(1966)、スウェーデンアカデミー賞(1972)、トペリウス児童文学賞(1978)、フィンランド国民文学賞(1963、1971、1982)、ヘルシンキ賞(1980)を受賞。1995年には、名誉教授の称号をフィンランド共和国大統領から授与される。

日本で開催されるTove 100イベント

タンペレ市立美術館・ムーミン谷博物館より200点の原画・習作が展示される
『Moomin!ムーミン展』が4月16日の松屋銀座を皮切りに日本全国10会場を巡回。

2014年

4月 16日-5月 6日      松屋銀座、東京都

5月10日-6月8日     Nanak,  岩手県盛岡市

6月 14日-7月 13日    米子市美術館、鳥取県

7月 23日-8月 4日      丸井今井札幌本店、北海道

8月 8日-9月 6日        広島県立美術館

9月13日-10月26日 米沢市上杉博物館、山形県

12月11日-25日           あべのハルカス近鉄本店、大阪府

2015年

1月2日-2月15日     みやざきアートセンター、宮崎県

3月20日-4月19日   岡山県立美術館

4月25日-5月17日 松坂屋美術館、愛知県名古屋市

フィンランド国立美術館、アテネウムで開催されたトーベ・ヤンソンの大回顧展『生誕100周年トーベ・ヤンソン展 ムーミンと生きる』が日本5箇所を巡回。

2014年

10月23日- 11月30日             そごう美術館、神奈川県横浜市

12月13日 -2015年2月15日   北海道立帯広美術館

2015年

2月28日- 5月6日    新潟県立万代島美術館

5月23日- 7月 5日     北九州市立美術館 分館、福岡県 

7月25日- 9月27日  あべのハルカス美術館、大阪   

リンク

Moominvalley Museum, Tampere
Moomin Characters Ltd

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更新 2014/04/10


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