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フィンランドの女性画家シャルフベックの回顧展が日本で初開催 - フィンランド大使館・東京 : 最新ニュース

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最近の出来事・お知らせ, 2015/06/02

フィンランドの女性画家シャルフベックの回顧展が日本で初開催

Schjerfbeck

フィンランドが誇る画家ヘレン・シャルフベックの展覧会「ヘレン・シャルフベック 魂のまなざし」が現在、東京・上野の東京藝術大学大学美術館で開催されている。国際的評価が高いシャルフベックの回顧展が日本で開催されるのは今回が初めて。6月1日のプレス向け内覧会には90名以上が駆けつけ、関心の高さを伺わせた。引き続き行われた開会式ではマヌ・ヴィルタモ駐日フィンランド大使が祝辞を述べ、自分が好きな作品などについても披露。フィンランド大使館では同日、展覧会実現のために尽力した主催者及び関係者20名ほどを招待して、夕食会が催された。

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開会式に参加したヴィルタモ大使(中央)

フィンランドではシャルフベックの生誕150周年を迎えた2012年、いくつかの回顧展が開催された。最大規模となったのが、ヘルシンキにあるアテネウム国立美術館で開催されたもの。今回も、コレクションの多くが海を渡って日本で展示されている。

展覧会「ヘレン・シャルフベック 魂のまなざし」は今後、仙台、広島、神奈川県・葉山を巡回する。

シャルフベックの公式サイトはこちら

下記は、フィンランド外務省の情報サイトthisisFinlandに掲載された記事を翻訳したものです。

thisisFINLAND story written by Wif Stenger

自画像で感じるシャルフベックの生涯

Photo: The Provincial Museum of Western Uusimaa
moving pictures
西ウーシマー州立美術館(EKTA)に展示されているシャルフベックの水彩画

フィンランドでは女性画家ヘレン・シャルフベック(1862~1946)の生誕150周年を迎えた2012年、記念展覧会が全国各地で開催された。時代を先取りしたシャルフベックの作品は没後70年近くたった今、重要性を増している。

Photo: Finnish National Gallery, Central Art Archives/Kari Lehtinen
dancing shoes
シャルフベック作Dancing Shoes(1939年か1940年)個人所蔵

シャルフベックの画家としての人生はモダニズムの到来を反映、また予言していた。最初は1880年代におけるフランスと英コーンウォールの村々の写実的な風景から始まり、第二次世界大戦中の憂鬱で漫画的な自画像へと変わっていった。

シャルフベックに対する世界的な評価は、約20年前にニューヨークで行われた画期的な展覧会以来、高まっている。オークションでは、かつてフィンランドの画家についたことがないほどの価格で売買されている。たとえばロンドンのオークションハウス、サザビーズでは彼女の作品Dancing Shoesが400万ユーロ近い価格で取引された。

2012年に開催されたフィンランド最大の回顧展は、ヘルシンキにあるアテネウム国立美術館が会場となった。また南岸の町タンミサーリや西岸の町ヴァーサにある美術館でも記念展覧会が開かれた。

画家の独創性を再発見

シャルフベックが生涯残した作品は約1000点ほど。そのうち三分の一ほどがアテネウムで展示された。また同館には、16世紀の巨匠エル・グレコなど彼女に影響を与えた画家の原作が初めて一緒に飾られた。

Photo: Finnish National Gallery, Central Art Archives/H. Aaltonen
Red Apples
シャルフベック作Red Apples(邦題「赤いりんご」1915年)

「シャルフベックは当然、他の画家の影響を受けています。ただ彼女は作品から受けたイメージをフィルターにかけてから、彼女なりの結論を絵に反映したので、どんな影響を受けたのか具体的に指摘するのは困難です」と、西ウーシマー州立美術館(EKTA)のキュレーター、ヴェサ・キルヨ氏は言う。シャルフベックが1918年から1941年まで過ごした南岸の町タンミサーリにあるEKTAには、こじんまりとした常設展がある。「フィンランド国内外でシャルフベックの画家としての評価が年々高まっているのは、彼女の独創性に対する敬意が根底にあります」と、キルヨ氏は指摘する。

EKTAではシャルフベックのアトリエも再現。彼女の作品にも度々登場するイーゼルとロッキングチェアが展示されている。同館で触れられる映像や写真、手紙なども、シャルフベックの世界を理解するのに貢献している。

フリーダとムンクとシャルフベックと

Photo: Finnish National Gallery, Central Art Archives/Hannu Aaltonen
recovery
シャルフベック作The Convalescent (邦題「回復期」1888年)

自分が大々的に紹介されている様子を見たら、シャルフベックは怖気づくかもしれない。彼女を知る者によれば、シャルフベックはシャイで内向的だった。エドヴァルド・ムンクの目を通してフリーダ・カーロの一生を想像してみれば、彼女の作品の全貌がわかりはじめるかもしれないと、英インデペンデント紙は書いている。

カーロほどドラマチックではなかったものの、シャルフベックも苦労の多い人生を強いられた。幼少時代の事故で腰を負傷し、杖なしでは歩けない体になったうえ、頻繁に病気を患った。一人に婚約を破棄され、もう一人には片思いを続けて結婚とは縁がなかった。長年看病で付き添った実母が、自分以外の肖像画の主要モデルだった。

Photo: H. Holmström FNG/CAA/Coll. Gösta Stenman
home in Tammisaari
タンミサーリの自宅でキャンバスに向かうシャルフベック

The Convalescent (1888)シャルフベックは自画像で有名だ。EKTAには1878年から1945年までの自画像36点が、一列に展示されている。「最近はめっきり絵を描く体力がないので、自画像をやることにしたの」と、友人に宛てた1921年の手紙には記されている。「これなら、モデルはいつもいるでしょ。自分を見つめるのはまったく心地よいものではないけれど」

自然主義的な初期の自画像と比べると、末期のものは数回、筆で様式的にストロークしただけの作品になっている。The Californian やThe Gipsyなどその他の自画像は、伏目だったり目をそむけていたりして、反対に被写体について多くを物語る。EKTAのキルヨ氏は指摘する。「シャルフベックは外見だけではなく、人間の内部を捉えたかったんです」

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更新 2015/06/02


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